株式投資において「メンタルの強さ」が必要だと言われることは多い。しかし本当にそうだろうか?株で消耗する人は、意志が弱いわけでも、勉強不足なわけでもない。最初から、消耗する構造に足を踏み入れているだけだ。

もし、強靭な精神力を持つ人間でなければ継続できないのだとしたら、実はそれは投資自体が難しいわけではなく、そもそも投資の設計そのものが間違っている可能性が高い。

これから紹介する瀬戸弘司氏(以下、敬称略)の事例は「メンタルが弱かった」という話ではない。問題は、感情が毎日揺さぶられる投資設計にあった。

YouTuber瀬戸弘司の事例

YouTuberとして活動する瀬戸弘司は野村證券とUUUMが共同運営する「マネーの亀」という番組に出演したことを機に、2019年4月に個別株の投資を始めた。

この事例で注目すべきなのは、利益が出たか、損をしたかではない。なぜ彼の投資は、これほどまでに日常生活を侵食したのかという一点である。

7月19日に公開された動画では、瀬戸弘司は証券口座に1,000万円を入れて「現在、日本株9銘柄を7,457,100円保有している」と語っている。

多くのファンを抱えるYouTuberだけに投じた金額が多く、プレッシャーもかなりのものになると予想される。事実、瀬戸弘司は「株価の上げ下げにより自分のテンションが決まる」と熱弁する。

「朝起きたらまず絶対(株価を)見ますから」

「上がってるのか、下がってるのか、それが怖い。外出てもチェックするしね」

一時は30万円ほどの含み益が出ていたものの、その後下落してしまい、7,459,140円になった。

「これ以上下がるんだったら、もう売ったほうがいいのかという恐怖…。昨日、本当に機嫌がよくなかった」

ただし、それ以前の売買で利益が出たものもあるため、総合すると口座の時価評価は11,376,140円(+667,140円)となった。

「今のところは+4.98%。運が良かったんだと思う。初心者のラッキーパンチが当たったかなんかで適当に買ったのが伸びた。でも良かったのは最初だけね。30万円の利益が出たのがこの2日でゼロになってしまった。今日ちょっと上がったから動画撮れるところまで回復した」

やはり心労が絶えず、日常生活にも悪影響が出ているようだ。

8月2日。さらに追加資金を投入し元手12,670,300円が13,079,100円(+408,800円)になった

どのような手法で売買しているかは公開されておらず、また何の銘柄を取引しているかは公言しないように気をつけていると説明する。

8月5日。赤字に転落したとの報告がなされた。

前回の動画では含めていなかった株があったと前置きしたうえで、現在は13,697,400円(-114,900円)となったと語る。

「今日一日でマイナス412,900円。びっくりしたよね」

「全財産注ぎ込んでるわけじゃないから、これが駄目でも生きていけなくなるわけではないけども、一日の始まりってすごい大事なのに、始まりから『え!?』みたいな打撃を受けて気分も良くない」

頭の中は投資のことでいっぱい。これでは毎日を楽しむことはできまい。

そして8月6日、瀬戸弘司は驚きの選択をした。

「清々しい気持ちです。私、株を全部売りました」

なんと保有していた12銘柄をすべて売却したというのだ。

「向いてなかったのかな?気持ちがすごく軽くなったんだよね」

もやもやした気持ちがずっと続いており、損切りすることで楽になりたかったのだろう。これで13,812,300円が13,188,100円で損失624,200円(-4.52%)となった。

「60万円の損が出ているにもかかわらず清々しい気持ちになって、これで株のこと気にせず好きなことできるわ」

「今日僕が売った株の株価はなるべく見ないようにして数日間過ごしていきたいと思います」

この行動は果たして合理的だったのだろうか

株式投資において損切り自体は重要だ。しかし今回の売却は事前に定められたルールに基づくものではなく、感情の限界点で下された判断だった。つまり問題は判断の内容ではなく、そこに至るまでの投資設計にあった。

結論から言えば、今回の売却は「損切り」ではない。精神的苦痛から逃げるための撤退である。

人は強いプレッシャーがかかると正常な判断ができなくなる。つい楽な方向に流れてしまうのが人間の性というものだ。

この投資が消耗戦になった理由は、主に次の3つに集約できる。

① 売買ルールが明確でない
おそらく、どの水準で買い、どの条件で売るのかが定義されていなかったため、判断はすべて感情に委ねられていた。

② 株価を確認する頻度が高すぎる
「外出していてもチェックする」という状態は、投資ではなく“常時監視”に近い。

③ 勝ちの再現性が存在しない
本人も「ラッキーパンチ」と語っている通り、利益は偶然であり、再現可能な戦略ではなかった。

※なお、12月22日には新たな動画「【2019年の投資結果発表!】実は、株式投資つづけてました!奇跡の大逆転!楽しく年を越せそうです!」が公開され、12月20日時点で個別株が+775,800円、投資信託がNISA枠で1,200,000円買ったものが1,363,689円になったと報告されている。

メンタルの弱さを仕組みで克服する

どんな人でも未知の分野は怖いものだ。そこには自分が予期できる顕在リスクのほか、予期できない潜在リスクも潜んでいるかもしれないと恐怖に襲われる。しかしながら勇気を持って一歩を踏み出し、一度経験したことになってしまえば恐怖心はかなり和らぐ。

株式投資においてはいきなり貯金の大半を投じてしまうのではなく、少しずつ運用資金を増やしていくのが理想だ。失っても気にならない程度の運用資金から始めれば1年でメンタルは相当鍛えられるだろう。慣れてくるとすっかり相場のことを忘れて過ごしていたりもする。株価のチェックは1日1回で充分。外に出ているときでも気になってチェックしてしまうというのは健全ではない。

とりわけ長期投資ならこまめに株価をチェックしてもできることは大してないわけで、狼狽売りを防ぐためにも忘れてしまったほうが健全だ。

さて、このケースから得られる最大の教訓は、「メンタルを鍛えるべき」ということではない。メンタルを消耗しない投資を、最初から設計することである。

もし瀬戸弘司が運用資金を約1,000万円ではなく100万円から始めていたら損失は624,200円ではなく62,420円と軽微なものになっていた。これは有名YouTuberにとっては無視できるほどの金額だろう。あるいは10万円から始めていたら6,242円と誰もが無視できるほどの水準になっていた。

ノンギャンブリング戦略とは、人間の弱さを克服する思想ではない。人間が弱いままでも成立する投資を設計する思想である。

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