ボストン・コンサルティング・グループが提案したことで世界中で重宝されることになったプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(以下、PPM)はなぜX軸が左にいくほど高くなるのか。その理由は、重要な事業と資金の流れを「左起点」で考えさせるためだった。

PPM(成長率×市場シェア)とは何か

はじめに覚えた違和感(MBAでの体験)

RBが初めてPPMを知ったのはMBA1年生のときだった。MBAでは授業の前に教科書を読んでレポートを提出することが義務付けられており、授業ではディスカッションをする。

教科書では、全社戦略を解説する章で複数の事業について意思決定をする際、PPMというフレームワークが役に立つと紹介されていた。

プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント。相対市場シェアが特徴的。
プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントの図。左のほうが重要な事業だ。

これまで学校の数学の授業ではグラフを書く際、X軸は右に行くほど数値が高くなるものとして学んできた。これは日本のみならず世界共通だろう。ところがなぜかPPMは癖のある表示の仕方をしている。

もし逆にしたら問題が生じるのかと頭の中でイメージしてみたが、何も問題はあるように思えない。

教授の一言がきっかけだった

経営戦略の授業では教授がこの点に触れることはなかった。ただ、各象限のネーミングが日本語と英語で印象が異なるという話はしていた。問題児とQuestion Markでは扱いが違う。金のなる木とCash Cowは文化的な違いが背景にありそうで面白い。

それから約1年が経つ頃、財務会計の授業中に再びこの話題が挙がったことがあった。グループワークの発表としてRMらのチームがPPMをスライドに映していたとき、教授が「横軸は逆のほうがわかりやすいんだけどね」と言ったのだ。教授ですらそう思うのか。

Google検索で調べてみても何も情報がヒットしない。せめて発案者にメッセージを送ることができれば……。

AIで真相が解明された

考案者とBCGの公式資料を調べてみた

あれから15年の歳月が経った今、ふとこのことを思い出して改めて調べてみた。答えに辿り着けた方法はGoogle検索ではなく、Geminiだった。15年前はなかったGoogle開発の一般ユーザー向けAI(人工知能)が謎を解き明かしたというのは驚きだ。

情報源について尋ねてみたところ、ボストン・コンサルティング・グループの公式資料と、創業者ブライアン・ヘンダーソンが執筆した一連の論文(エッセイ)に基づいているとのことだった。

  • BCGの公式エッセイ:『The Product Portfolio』(1970年)
  • 『経験曲線(Experience Curve)』(1966年)
  • BCG公式サイトによるPPMの解説『What Is the Growth Share Matrix?』

PPMを発表したのはブライアン・ヘンダーソンだが、考案したのは入社1年目のコンサルタントであるリチャード・ロックリッジ(Richard Lockridge)だった。

ある日、リチャード・ロックリッジは上司から仕事を依頼された。顧客であるユニオン・カーバイドの数十もの事業をわかりやすくまとめるミッションだ。不意に空いた時間にPPMのアイデアを思いつく。

なぜ「重要なものを左」に置いたのか

リチャード・ロックリッジは当時、重要なものを左に置きたかったと考えていたようだ。欧米の人が左から右へ文字を読むことも関係しているだろう。また、お金の流れも左起点にしたかった。PPMで戦略を立てる際は、まず自社の勝ち筋(左側の高シェア事業)を確認し、そこからどこへ資金を配分するかを考えるのが定石だ。

すなわち、金のなる木で稼いだ潤沢な資金を問題児に投資することで次代の花形に育てるという指針が推奨される。それゆえ、その会社にとって重要な事業が左側に来るほうがしっくりきたということなのだろう。

おそらくリチャード・ロックリッジはPPMを数学のグラフというよりもプレゼン資料として捉えていたのではないか。そうだとすると左側にしたのも合点がいく。

あえてセオリーを外した可能性

また別の仮説として、PPMの横軸があえて直感に反する向きに設計された可能性も考えられる。人は、自分が考案したフレームワークに「他と違う特徴」を持たせることで、記憶に残りやすくしたいという心理を持つことがある。

新銀行東京や大江戸線、高輪ゲートウェイなど、癖のあるネーミングが好きな人は一定数存在する。とりわけ当時の石原慎太郎都知事はその傾向が強く、事前のアンケートを無視してでも自分の好みを優先した(それが良いのか悪いのかは別だが……)。

もしPPMが一般的なグラフと同じく右に行くほど市場シェアが高くなる設計だったとしたら、数あるマトリクスの一つとして埋もれていたかもしれない。

横軸が逆だという小さな違和感は、見る人に一瞬立ち止まらせる効果を持つ。
「なぜ逆なのか?」と考えるその瞬間に、すでに単なる図表ではなく、戦略について思考を始めている状態に入っているのだ。この意味で、PPMは情報を伝えるだけのツールではなく、思考を誘発する装置として設計された可能性がある。

また、コンサルティングの現場という文脈を考えると、この設計には別の実務的な利点も見えてくる。経営会議や役員向けプレゼンテーションでは、限られた時間の中で、複雑な状況を一目で理解してもらう必要がある。横軸が一般的な慣習と異なることで、参加者は無意識のうちに図を流し読みすることができなくなる。結果として、「この事業はどこに位置しているのか」「なぜそこに置いたのか」という議論が自然と生まれやすくなる。

さらに、オリジナリティという観点から見れば、フレームワークの癖は、そのままブランドにもなりうる。PPMがBCGの代名詞の一つとして世界中に広まった背景には、単なる有用性だけでなく他の戦略ツールとは一線を画す覚えやすさがあったのかもしれない。

実務でこの視点を活かすとすれば、PPMをそのまま使うか、あえて自社流にアレンジするかという判断にもつながる。重要なのは、形をなぞることではなく、なぜその形になっているのかを理解することだ。理由を理解したうえで向きを変えるのであれば、それはフレームワークの本質を踏まえた戦略的なカスタマイズと言えるだろう。

PPMの横軸が逆であるという設計は、単なる偶然や癖ではなく、使う人に考えさせるための意図的な仕掛けだった可能性がある。そう考えると、この小さな違和感もまた、戦略思考を促す重要な要素の一部として、意味を持っているのかもしれない。

現在使われている“逆向きPPM”について

まとめ:PPMはグラフではなく戦略ツール

近年では、書籍やウェブ上で横軸を右側が高シェアになるように描き直した図も見かけるようになった。それ自体が間違いだとは言い切れないが、少なくとも、なぜ元の設計がそうなっていたのかを理解したうえで使い分けることが、フレームワークを道具として扱う姿勢として正しいだろう。

PPMは、完成された答えを与えてくれる魔法のマトリクスではない。それは経営者や意思決定者に対して「どこに注目し、何を優先し、何を手放すのか」を問う思考の装置である。横軸の向きに違和感を覚えたその瞬間こそが、すでに戦略的思考の入り口に立っている証拠なのかもしれない。

なお、考案者に敬意を払うという意味でRBは左側が高シェアなまま使いたいと考えている。

ノンギャンブリング戦略をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む