奇妙な一言

大学に入学した頃、不思議な体験をしたことがある。部室で開かれた、とあるサークルの新入生歓迎会。そこには一人の先輩(男性)がビール片手に饒舌に話していた。たしか2年生だったと思う。

まだ右も左もわからない新入生の相手をしてくれるのはありがたい。だが、一つだけ引っかかったのは会話の中で出てきた「俺、記憶力いいから」という一言だった。これは「日常会話で相手が何を言ったかをよく覚えている」という意味で発された言葉だった。

しかし、果たして記憶力の個人差というものはどれだけあるのだろうか?しかも同じ大学に入っているわけだから、誇れるほどの差があるのかも疑問だ。

もうお開きで解散しようという話になった頃、かなり酔っていた先輩は最後に「俺、普段はあまり喋るタイプじゃないけどさ、今日は楽しい!なんでだろう(笑)」と言った。RBは「いやいや、そんなことないだろう」と思った。その先輩が上手に会話できていたからだ。相手の目を見て話していたうえに、笑いも生まれるし、自分のことを語って場を盛り上げてくれる。

ところがこの先輩の言葉は事実だった。

二重人格かと思うほどの変わりっぷり

数日後、キャンパス内でその先輩の姿を見つけたRBは少し離れたところから名前を呼んで話しかけた。が、先輩はちらりとこちらを見ただけですぐに目をそらし、必要最低限の言葉しか発さなかったのだ。

その様子はまさに人見知り。あのときは酔っていたから、一時的に人付き合いがよくなっていただけだったのか……。

その後、お酒に酔うと驚くまでに人柄が変わるタイプの人は何人か出会ったが、あの先輩ほどのインパクトをもつ人は少ない。そして同時に記憶力が良い人の正体がわかった。

カギは会話量だった

日常会話で相手や自分が言ったことをよく覚えている人は、記憶力が良いのではなく、単に会話量が少ないだけの可能性がある。

大学でのキャンパスライフを考えてみよう。よく喋る社交的な人はまず授業で友達と一緒に座り、授業の前後で雑談をする。昼ご飯も一緒に食べ、授業が終わってからは遊びやバイトでまた誰かと話す。

一方、先輩のような極度の人見知りは授業を一人で受け、昼ご飯を一人で食べ、バイトもしない傾向にある。下手すると一日、一言も発さないということもあるだろう。いや、むしろそれがデフォルトの状態だ。

さらに会話量が少ないと誰かと話したとき、それは珍しい体験として後の反芻思考に繋がる。時間が経ってから何度も思い出して「もっとこう言えばよかったな」「あの人はどういう意味で言ったのだろう」などと妄想を膨らませることになるのだ。それが意図せずして記憶を定着させる復習となる。

これが社交的な人の場合、新たな会話が絶え間ない波のように押し寄せるから反芻思考をする余地すらない。結果として重要でない些細な日常会話はすぐに忘れてしまうのだ。

総括

ということで面白い実態。

日常会話で相手や自分が言ったことをよく覚えている人は、必ずしも記憶力が突出しているわけではない。会話量が少ないために、ひとつひとつの会話が濃く残り、あとから何度も反芻される。その結果、記憶が定着しているように見えることがある……という話であった。

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